ツツジ育成のワークショップなども開催されたそうですが、素人にはツツジの育成は難しいのですか?
渡邉 久記さん
2年間の間に現地やオンラインで6から7回くらい勉強会を開催しました。挿し木の管理など専門的な技術はありますね。あと、品種でいろいろありまして。丈夫な品種とか丈夫でない品種があるんですよ。なるべく皆さんには丈夫な品種をあげて、あとはいろいろ用土とかも、プロがやるのと皆さんがやる育て方と違うので、それに合わせて調合して皆さんに配りました
ツツジ再生プロジェクトに対する町民の方の反響はどうでしたか?
渡邉 久記さん
町のシンボルであるサクラとかツツジを復活させようという意気込みを感じました
渡邉 優翔さん
熱心ですね、復活・再生しようと
久記さんは最初、このプロジェクトの話を息子さんからお聞きになってどう思いましたか?
渡邉 久記さん
やるからには最後まで成功させないと。途中で「失敗しましたよ」というわけにもいかないので
やり遂げようと思った強い想いはどういった辺りから生まれてきたんですか?
渡邉 優翔さん
小学校4年生ぐらいに震災を経験して、復興というのは、あんまり植物で関わることができないものじゃないかなって、そのときは思っていました。中学生とか高校生になるにつれて、自分も(植物を手段として)できることもあるんじゃないかなと思い始め、大学生のときに、ツツジを活用した街づくりをしようという考えに至りました。やるからにはちゃんと結果を残すというわけじゃないですけど、一人でも多くの人にそういう復興ということ自体の定義をみんなで作っていければいいなと。大学生になったときに何か行動しないといけないだろうなと思って
思っても行動に移すのはなかなか難しいですよね?
渡邉 優翔さん
そうですね。やっぱりつつじ園の歴史って会津藩が参勤交代のときに江戸からツツジを持ってきて、つつじ園が発展したんですけど。今後やっていけるとしたら、つつじ園がそういう、ツツジで有名な夜ノ森駅を助けていって、そのリレーができたら復興の一つというか、僕たちも手助けできるんじゃないかなと思って。
多分僕、一個人で『ツツジ好きなんでやりましょう』っていうのは、多分断られてたと思うんです。やっぱり家業っていう背景があって、できたのはすごく感謝してます。携わる方法はいろいろあると思いますが、自分がやってみないと分からないし、見てみないと分からないことを大人の力を借りてやるっていうのは、まあ学生は失敗しても笑われるだけなんで。それができるうちに、責任を持ってちゃんと最後までやるっていうことを行動してみようと思ってやってみました。富岡町のツツジがすごいだけで、僕はただそれを手助けしてるっていう。つなぐ仕事。仕事というか行動をしてるだけです