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環境再生
ツアーレポート

環境再生 地域・まちづくりツアー

福島 ヒト × まち 物語

2022.8.19(金)〜 8.20(土)
福島のまちで暮らす人々の声から今も続く復興の物語を学ぶ

東日本大震災により大きな被害を受けた福島のまち。地域の暮らしの立て直しや、避難していた人々の帰還など、震災からの復興に向けた取り組みは、10年以上経った今もなお続いています。「地域・まちづくり」をテーマにした本ツアーでは、双葉町や大熊町を中心に、「未来のまちづくり」を目指し、復興や振興に向けて取り組む地域を訪問しました。福島の復興の物語を五感で感じるツアー、その行程をレポートします。

1中間貯蔵施設

最初に訪れたのは、福島県内の除染作業で発生した除去土壌や廃棄物を一時的に保管するための中間貯蔵施設。双葉町と大熊町の皆様の大切な土地をご提供いただき運営されています。敷地内には、東日本大震災で被災した家屋や神社、学校、車など、当時の生活の様子がそのまま残されているところもありました。

施設の見学を行う中で、担当者から「両町民の苦渋の決断でこの施設の運営が可能になっています。そしてこの施設ができたことによって、福島県全体の復興が大きく進みました」と、あらためて、町民一人ひとりの決断の意義深さを伝えられる場面もありました。

除染が始まって以降、ピーク時には、1日に延べ3,000台のダンプがここに除去土壌を運んでいたといいます。事業が進んできている現在、除去土壌を分別している施設はだんだんとその役割を終えており、8ヶ所中4ヶ所が現在解体中となっています。福島の復興が新しいステージに向かっていく様子を、参加者たちは感じ取っていました。

参加者コメント

11年前の町並みがそのまま残っていることに衝撃を受けました。私は仙台出身で、現在は岩手県に住んでいるため、震災後の東北の様子は見てきたつもりでしたが、大熊町は他の町とは全然違うと感じました。

2東日本大震災・原子力災害伝承館

東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所での事故の記憶を後世に伝えるべく、2020年にオープンした伝承館。参加者たちはまず、施設内のシアターで福島県と原子力発電所や事故当時の映像を鑑賞し、2011年に起きた災害の大きさに思いを馳せました。

大きなモニターを使用した展示をはじめ、地震の発生した時刻で止まった時計や、学校に残された下足、流されたポスト、曲がった標識など、当時の被害の様子を生々しく伝える展示が多く、立ち止まってじっと見つめる参加者も少なくありませんでした。

参加者の一人は「祖母が元々避難区域となったエリアで暮らしていましたが、今は避難して一緒に暮らしています。『すぐ戻れると思っていた』とよく話していますが、展示を見て、多くの人がそうした感覚だったのだろうと考えさせられました」と、震災でそれまでの暮らしを失った避難者の方々の苦労をあらためて想像していました。

参加者コメント

日常を唐突に奪われた小学校の展示を見て、心が苦しくなりました。辛い思いをした人たちのことを忘れてはいけないと再認識ができた場所でした。

3座談会@linkる大熊

大熊町の交流施設・ linkる大熊では、「いま私たちが福島について知り、伝えたい10のこと」をテーマに座談会が行われました。各ツアーの参加者が集まり、10のグループに分かれてそれぞれディスカッション。ツアーで経験したことをもとに活発な議論が行われました。ゲストにはお笑い芸人の小島よしおさんが参加し、会場を盛り上げました。

第8班は、学生や福島県内で自営業を行う方など、さまざまな参加者が集まる中で、「どうやったら福島に人が戻ってくるか」をテーマに意見を交換。「ロケットを飛ばす」「名物グルメを作る」という他県の事例を参考にしながら、「福島ならでは」という観点で、震災・原発の被害という「かげ」があるからこその「光」という特徴を活かした方がいいのではないかという意見が出ました。

8班が導き出したのは、「かげの部分をポジティブに変える」という結論。「かげ」の表記については、小島よしおさんから「ひらがなにすることで、いろいろな意味を含むことができるのではないか」と助言があり、ひらがな表記にすることになりました。

発表では、ネガティブな部分のみに注目するのではなく、被害があったからこそ発生した復興への取り組みに付加価値をつけたり、ブランド化したり、観光スポット化していき、それをポジティブに伝えていくのが大事なのではないかとまとめていました。

参加者コメント

地域の人たちが復興にそそぐ努力や苦労はなかなか見えにくい側面がありますが、そうした「かげ」の部分を忘れてはいけないのだと座談会の中で感じました。

福島出身ですが、このツアーにこんなに人が参加してもらえると思わずうれしかったです。「知らないから怖いだけ、だから知ってほしい」というメッセージは、今後も強く発信していかなければいけないと感じました。

4双葉町

東日本大震災によって、全ての町民が長年にわたり避難生活を余儀なくされてきた双葉町。参加者たちはツアー2日目、駅前に完成した町役場の新庁舎や公営住宅の建設現場、更地の残る駅前などを巡り、震災当時の状態が残る双葉南小学校を見学しました。

2022年8月に町全体の11%のエリアの避難指示が解除される(ツアー時は避難指示が継続中。現在は解除済み)双葉町では、人々が戻ってくるための町の復興への取り組みが急ピッチで進んでいます。双葉町役場の橋本靖治さんは、「駅前のエリアを『特定復興再生拠点区域』として、このエリアを中心に町の復興をスタートしたいと考えています。コンパクトなまちづくりが目標です」と参加者たちに説明。また、更地になっている場所の多くは建物の解体を選んだ住人が多くいるということであり、住民の一人ひとりが辛い思いをして決断したことで、町は少しずつ復興に進んでいるのだと強調しました。

10月から入居が始まる新しい公営住宅や町中に描かれたウォールアートを見ながら、参加者たちは小学校に到着。ランドセルや教科書などの一部を除き、教室には震災発生時の様子がそのまま残されていました。橋本さんは、「避難先の学校になじめず、苦労した子どもたちも多くいたと聞いています。ここに通っていた子どもがどんな思いで避難して、それからどう過ごしたのか、同情ではなく、共感してほしい」と参加者たちに伝えました。

担当者コメント 橋本 靖治 さん

ツアー参加者の皆さんには、復興に向かっている「光」のエリアと手付かずの「影」のエリア、どちらも見ていただきたい。なるべく前に進んでいる双葉町を見てポジティブに捉えてほしいし、五感をもって感じてほしいと思います。

参加者コメント

小学校を見学して、11年前の爪痕がそのまま残っているなと感じました。当時の小学生たちがどのように感じ、その後どんな生活を送ったのか、五感を通じて学ぶことができました。

奈良県でまちづくりに関わる仕事をしていますが、若者を呼び戻すのはどこでも大きな課題になっています。また、公営住宅の設計から人の動きをデザインするのは新しい発見でした。

5道の駅なみえ

2日目のお昼は浪江町にある道の駅なみえにて休憩。参加者は思い思いの場所で自由時間を過ごしました。

道の駅なみえでは、お土産の販売やフードテラス、陶芸体験、酒造見学が可能となっていて、普段から多くの人で賑わっているそう。また、町内に立地する世界最大級の再生可能エネルギーを利用した水素製造の実証施設であるFH2Rの水素を利活用し、道の駅施設内では水素燃料電池による発電も実施。川沿いに並ぶ大きな水素タンクからは、今後の水素利活用のさらなる展開が期待されます。

参加者コメント

一度、震災でゼロになった町だからこそ、思い切った実証実験もできていると思います。震災というネガティブな部分があるからこその、未来に向けたポジティブな取り組みを見ることができてよかったです。

道の駅で水素発電が行われていることは知りませんでした。「なみえ焼きそば」はとても美味しいので皆さんにもおすすめです!

6大熊町

双葉町、浪江町の隣町である大熊町。双葉町とともに、事故が発生した福島第一原子力発電所が立地する場所でもあります。今回のツアーでは、おおくままちづくり公社の山崎大輔さんと片岡翔さんの案内のもと、KUMA・PURE(クマプレ)、インベキューションセンター、大熊町移住定住支援センター、日本酒「帰忘郷」の原料となる酒米を育てる田んぼを見学しました。

大熊町の東日本大震災前の住民数は11,505人。今年7月時点では10,600人と大きく減っていないように見えますが、実際に住んでいるのは千人ほどとされています。そしてその多くが高齢者であり、若い層をいかに呼び込むかが町全体の課題となっています。山崎さんは「SNSやチャットツールを使って、若者が情報を得やすいプラットフォームを整備している」と語りました。

多目的交流スペースのクマプレやゼロカーボンに向けたベンチャーをはじめ多くの企業が参加するインキュベーションセンター、移住者の相談に乗る移住定住支援センターなど大熊町の多岐にわたる取り組みを見学した参加者たち。また、大熊町の若手職員は、風評被害を食い止めたいという思いから、大熊町で育ったお米を使用した「帰忘郷(きぼうきょう)」という日本酒を開発しました。

大熊町ではさらに太陽光パネルの設置によるゼロカーボン化への取り組みも進んでいます。パネルは7,700枚あり、600世帯を賄える量を発電しています。東日本大震災を経て、新しい未来へ進む大熊町の力強い取り組みの数々を感じました。

担当者コメント 山崎 大輔 さん

住民にもそれぞれの事情があり、戻ってこない選択も仕方ありません。それでも生まれ育ったのは大熊町であることは変わらないので、今後は帰りたい時にいつでも帰れる町にしていきたいと思います。

参加者コメント

インキュベーションセンターやクマプレなど、若い人を呼び込もうという動きを感じました。避難指示が解除されていくにつれ、人がどんどん入ってくるのではと期待できる見学でした。

これまで知っていたのは東日本大震災で「何が起きたか」でしたが、見学を通して、震災の後「どんな人がどんな思いでどんな風に過ごしていた」のか、実際にお話を聞くことができてよかったです。

7ワンダーファーム

食、収穫、お買い物が楽しめる、注目の「体験型」ファームであるワンダーファーム。オーナーの元木 寛さんから施設の説明を受けた後、トマトの収穫体験、併設された直売所で買い物を楽しみました。

震災前後の変化について、「新しいつながりができた」と語るオーナーの元木さん。「震災前は各自で農業をしている感覚が強く、他の農家のことはあまり興味がありませんでした。でも、震災後に自分の会社はEC販売をやっていたことで首の皮一枚つながった一方で、周りの農家は廃業していく人も少なくなかったんです。その様子を見て、自分だけが儲かってもダメだと思うようになり、今ではお互い情報共有もして、地域全体で高め合えています。最近では生産者同士で集まるようになり、漁師さんと仲良くなってお互いの生産物を贈り合ったりしています。震災は辛かったですが、新しいつながりを作ってくれたと思っています」と参加者たちに今の思いを語りました。

震災は福島のまちに大きな傷跡をのこしましたが、そこから生まれた新しいつながりもあったのです。

担当者コメント 元木 寛 さん

農業は生活に結びついたものです。人との縁を大事にしながら、最新技術を活用して若者が参加しやすい農業の形をつくっていきたいです。

参加者コメント

復興に向かって実際に動いている人の話を聞けるのはとてもいい機会になりました。参加している人が、福島を考えるきっかけになればいいと思います。

ツアーのまとめ

震災から生まれた光で未来へ進む

ツアー全体の中で特に見えてきたのは「被災したからこそ生まれた光」。震災に関連するニュースでは、震災の爪痕や、山積する課題が多く取り上げられていますが、実際に現地に行き、目で見て、話を聞き、五感で福島を感じると、復興に向けて動く地域の人々の大きなエネルギー、活力に圧倒されます。参加者からは「来てよかった」「これから福島がどう進んでいくのか、見届けたい」など、未来へと進む福島に期待する声が多く聞かれ、自分たちの見たものを、積極的に発信していきたいという意思も強く感じられました。福島の未来のために何ができるのか、一人ひとりが考えるきっかけにもなりました。

取材・文:高木 優里香

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